「筆づかい」から「ストローク」へ、「文字」から「線」へ、「言葉」から「美」へ。

書きかけ。。。

ふとした縁があって、柳馬場二条のHalo Galo で開催されてている、八戸香太郎氏の個展「In drawing. -the starting point of my lines-」を見に行ってきた。

自分自身は美術には縁遠くまた、とてつもない悪筆ゆえに、書とかカリグラフィーにももちろん疎い。そんなわけではあるけど、ひとまずはプロフィールを「書家」とか「カリグラファー」のものと括るべき作品群を目にすることになった。

まず、目に飛び込んでくるのは毛筆による「ストローク」たち。画面上に展開されている墨の風合を見れば、それが筆が動かされた跡であることは一目瞭然でわかる。でもそこで見える「動き」は、描かれたものに対して、何ものかの意味を伝える機能を与えるルールとしての「筆づかい」とはもはや呼びがたい。「筆づかい」は徐々に解体されて、筆の動きの形跡1つ1つの「ストローク」へと細分化される。

「筆づかい」が「ストローク」へと変化させられることで、「線」やそのかたまりへと変化させられ、また、意味や目的を外から注入されるという「文字」の前提を放棄することで、「文字」は「線」となり、言葉なしに、自らの「美」を主張して見せる。